塊茎 類
●田人町黒田地区
福島県の蒟蒻栽培は、約300年前に水戸藩の茨城県久慈地方から 東白川地方(矢祭町・塙町)に導入されたのが始まりといわれています。 次第に隣接町村にも普及して、明治時代初期にはいわき市(石城郡田 人村・入遠野村・上遠野村)でも栽培されるようになりました。 当時の栽培は、南に面した傾斜地で、日当たりの良い温暖な場所に 限られ、そこは冬期の早朝などは気温があまり下がらず、霜などもな いため、自然生畑でそのまま蒟蒻を越冬させることができたといいま す。収穫した蒟蒻は薄く輪切りにして竹に通して乾燥させ、それを蒟
自 然 生 (蒟蒻)
主な産地
生産の歴史的由来・特徴
じ ねん じょう
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蒟蒻は収穫できるまで最低4年はかかるといいます。自然 生と畑の蒟蒻の栽培の大きな違いは越冬する時の保存法です。 畑で栽培された蒟蒻は、春に種芋を自然生畑へ植え、 毎年秋に芋を全て掘り起こし、最低気温が10℃以下にな らないよう暖かい場所に保存した後、春に再び畑へ植え付 けしますが、自然生はそのまま土の中で越冬させます。 種芋を春の5月上旬に畑へ植え、初夏には葉を付けます。 10月下旬の秋には茎の部分は黄色となり倒れてしまいま すが、掘り起こさずにそのまま土の中で越冬させます。土 の中で1年越冬した芋を生子(キゴ)といい、さらにもう 1年越冬した芋を1年生。さらにもう1年越冬した芋を2 年生。そしてもう1年越冬した芋を3年生。その3年生が 春に芽を出し、秋に茎が倒れてようやく収穫となります。 茎は芋の年齢ごとに高く太くなり、3年生で高さは1m 以上、 直径約3cm ほどに成長します。
春に種芋を植えると新球茎ができ、そこから地下茎が 伸びた後、秋には生子という蒟蒻の赤ちゃんができます。 その生子で毎年栽培を続けていきます。
代表的な栽培方法
茎の高いものが今秋収穫となる 4 年生のもの
収穫した自然生の果肉色は、桃の果肉色とよく似ており、 ほんのりと優しい甘い香りがする
蒻商人に販売していました。
しかし、戦後の頃になると、苅敷(かりしき)や馬小屋 などからでる有機肥料を自然生畑へ与えることが難しくな り、自然生畑も草地や杉林へと姿を変えていき、種芋の貯 蔵法として火室貯蔵法が取り入れられてからは、蒟蒻は収 益性の高い作物として普及増殖に対応するため、畑栽培が 主流となりました。そのなごりで田人では、傾斜地で育て られたものを「自然生」、畑栽培のものを「蒟蒻」と使い分 けされていますが、蒟蒻は昔から各農家ごとに生子(キゴ) と呼ばれる種芋を採種して、代々品種を受け継いでいるこ ともあり、自然生は畑栽培の蒟蒻より小ぶりではあります が、1個分のノリ(ねばり)の密度は変わらないため質は 同等だといいます。
現在、自然生畑で栽培している農家は、田人町黒田地区 の1軒のみとなってしまいました。「田人といえば蒟蒻とい う伝統文化を消したくない」との思いで細々ながらも栽培 を続けていますが、蒟蒻の販売はしていませんでした。し かし、自宅で生芋から手造りした蒟蒻を隣家や親戚へお裾 分けしているうちに、「手ごねの刺身こんにゃくは絶品」と 市内外からも大好評となり、15年ほど前より「手造り生 いも合わせこんにゃく」として田人の各直売所などで販売 しています。
販売しているこんにゃくは、掘り立ての生芋をすり、手でこ ねて合わせた、こだわりの手造りこんにゃく
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